インドネシア大虐殺とドキュメンタリー作品『アクト・オブ・キリング』『ルック・オブ・サイレンス』

執筆: 澤田 真一 アイコン 澤田 真一

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経済成長の道を駆け抜け、同時にスマートフォンを軸にした高度なデジタル産業を構築しつつあるインドネシア。ASEAN最大の2億5000万人という人口を抱え、その市場キャパシティーは世界各国から注目されています。

首都ジャカルタを初めて訪れた人は、異口同音に驚愕してこう言います。

「イメージと全然違う!」

巨大なビルが立ち並び、ショッピングモールは富裕層の家族連れで賑わいます。もしかしたら、日本人のほうが貧しいんじゃないか? そんなことも一瞬考えてしまうほど、インドネシアの都市部は栄えています。

反面、この国は今なお大きな闇を抱えています。

それが『9月30日事件』です。

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インドネシアと『赤狩り』

インドネシアの初代大統領は、日本でもよく知られているスカルノ。TVメディアなどで知る人も多い『デヴィ(婦人)』を第3婦人とした人物です。

スカルノ(Sukarno)
インドネシア共和国
初代大統領 From Wikimedia Commons

スカルノはインドネシア独立の英雄でもありましたが、独立し大統領就任後に彼が打ち出した経済政策は空振りが続いてしまいます。その不満から軍のとある佐官がクーデターを実行します。

結果的にはクーデターは失敗に終わりました。そしてこれを鎮圧した陸軍の将軍が後に二代目の大統領になるスハルトという人物です。この際スハルトは、『クーデターの実行者は共産主義者』と発表します。

スハルト(Soeharto) インドネシア共和国
第2代大統領 From Wikimedia Commons

ここまでが狭義の『9月30日事件』です。

もっとも、ここまではあくまでも『正史』によるもの。正史というのは、国がお墨付きを与えた歴史です。嘘というわけではないでしょうが、すべてが真実とも言い切れません。もしかしたら相当に間違ったものである可能性もあります。ですがスハルトとその支持者が『クーデターの実行者は共産主義者』と発表したことは、紛れもない真実で、その後インドネシア全土には共産主義者の弾圧、いわゆる『赤狩り』の嵐が発生します。

赤狩りは韓国やチリ、ウルグアイでもありました。日本でも人気のあるウルグアイのホセ・ムヒカ元大統領は極左ゲリラのメンバーでした。当時は強権的な軍事政権が登場すると『極右につくか極左につくか』の選択肢しかなく、それを拒むと文字通り殺されてしまいます。

共産党や東側諸国とは何ら関係がなくても、政権側が『こいつは共産主義者だ』と言っただけでその人は命を奪われてしまう。……それが赤狩りです。

スハルト大統領が主導した赤狩りは、真相究明が殆どされていないため、正確な数字は分かっていませんが、50万人とも300万人とも言われる犠牲者を出したと言われています。

インドネシアという国は村単位で特定の政党を応援する傾向が今もありますから、共産主義者と見なされた人の住む集落もまるごと焼かれました。そして赤狩りを実行したのは、そのほとんどが警察でも軍隊でもなく『プレマン(※)』と称される人々=民間人だったといわれています。

プレマン (Preman)
特定の組織、団体、個人では無く、インドネシアにおけるヤクザ者・ギャングスター等に相当する意味合いの人々を差す言葉。

なお、これと同様の出来事として、韓国では『済州島4.3事件』挙げられます。済州島以外の地域でも赤狩りが発生していて、日本で活躍したプロレスラーの大木金太郎さんは著書の中で赤狩りに遭って殺されそうになったことをカミングアウトしています。

しかし、韓国での赤狩りは今では中央政府が認定し、公式に謝罪しています。犠牲者数に関する真相究明も進められていて、それを主導したのが弁護士出身の盧武鉉元大統領です。

『虐殺』を当事者が再現するドキュメンタリー映画

インドネシアには今も『盧武鉉』のような人物は登場していません。

中央政府と軍の9月30日事件に対する見解は、『共産主義者がインドネシアの赤化を画策し、その後に軍と青年団が国家存亡の危機を救った』というもの。ですから、赤狩りに赤狩りに参加して村を焼いた軍人や青年団メンバーは、今でも国家の英雄です。

そんな現在の状況の中、2012年にイギリス・デンマーク・ノルウエーの共同で制作された映画『アクト・オブ・キリング』は、インドネシアの赤狩りを加害者側の視点で撮影したドキュメンタリー作品です。

かつてインドネシアの赤狩りに参加した者は、今でもごくごく普通の生活を送っています。むしろ彼らはヒーローとして国からも地方自治体からも表彰され、当人たちも『俺はあの時1000人は殺してやった』と過去を誇っています。

この作品の監督ジョシュア・オッペンハイマーは彼らに『あなたたちの栄光を映画化してみませんか?』と持ちかけます。

自分たちの栄光がドキュメンタリーとして永久保存される。彼らにとってこんなに嬉しいことはないのかもしれません。虐殺の加害者たちは、オッペンハイマー監督の要請に従って『いかに人を殺したか』『どのような拷問を行ったか』などを意気揚々と再現してみせるのです。

映画の監修と演技指導という仕事は、実に魅力的です。しかし、映画制作というのはファーストパーソンからサードパーソンへ視点を移行させなければならない作業でもあります。第三者の視点で自分たちの行為を見下ろした加害者たちは、徐々にその心境を変えていきます……

ここから先はネタバレになってしまうので書きませんが、このドキュメンタリー映画は各国の映画祭で数々賞を獲得し、大変な反響を呼びました。

『アクト・オブ・キリング』の視聴について

『アクト・オブ・キリング』については、現在国内の様々な媒体で視聴する事が可能です。

特に、当サイトでも一度紹介したドキュメンタリー作品専門の配信サービス『アジアンドキュメンタリーズ』では、本作品『アクト・オブ・キリング』と、その後2014年に制作された対をなす作品『ルック・オブ・サイレンス』が配信されています。

インドネシアの大虐殺について考察する、無料コンテンツも提供されているので、より深く知りたい方は是非ご覧ください。

まとめ 『政治家が動かない』という現実

ですがインドネシアでは今も虐殺加害者が法で裁かれることなく生活していて、同時にその被害者も暮らしているという事実があります。

殺した側と殺された側が軒を連ねている。それがこの国の『隠れた捻れ』と言えます。

実は最近、インドネシア軍肝入りの映画が国内で公開されました。

これは9月30日事件を取り扱った作品ですが、『軍がインドネシアを共産主義者の魔の手から救った』という見解から一歩もはみ出ない内容です。ですが言い換えれば、非人道の極みとも言える虐殺の過去を暴いてしまった『アクト・オブ・キリング』の反作用で軍が映画を作らせた、という見方もできるでしょう。

インドネシアは共和制を敷く民主主義国家です。政府見解と違う内容の映画を作ったら殺される、ということは現在ではありません。にもかかわらず9月30日事件の真実を解明することに政治家が誰一人動かないという現実です。

インドネシアで働く日本人駐在員の間でも、『アクト・オブ・キリング』は密かに話題になりました。『密かに』というのは、さすがにこの映画について公言できないという状況があるからです。

秘密警察に密告されるとか、当局に逮捕されるという意味では無いですが、あまりにデリケート、かつ複雑に絡み合っている問題なため、容易に持ち出すわけにいかないという事なのかもしれません。

とはいえ、インドネシアに確かにあったこの悲惨な過去はいずれ解決しなければならない事案でもあるのではないでしょうか。

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