『寛解』とは、病が完治してないけど、進行や大きな発現もしていない状態を指す言葉だそうです。 ラッパー・小林勝行がセカンド・アルバム「かっつん」を制作する過程を捉えたドキュメンタリー映画『寛解の連続』は、まさに『躁うつ病』という完治が困難な病だと診断されても、ひたむきに立ち直ろうとするひとりのラッパーを映し出した濃密なドラマが見られる作品です。
本作は2019年に制作され2021年に公開されたドキュメンタリー作品。先日、筆者の住む愛知県名古屋のシネマテークで上映(2021年10月9日~15日まで)されたので視聴してきました。 筆者自身ドキュメンタリー映画は大好物なのですが、ラップに対する知識は浅く、小林勝行というラッパーの存在もこの映画を観るまで知りませんでした。
しかし鑑賞してみれば小林勝行の『ラップ』や『楽曲制作』だけが本作品の見どころではないことに気づかされます。この映画には、自分の過ちに対して何度も向きあい、『躁うつ病』と診断されながらも必死にステージへ戻るまでを映したドラマがあります。カメラに映る彼の姿に、心を突き動かされる良作でした。
記事の索引
映画『寛解の連続』作品情報
タイトル | 寛解の連続 |
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公開日 | 2021年4月23日 |
監督・撮影・編集 | 光永惇 |
出演 |
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音響 | 小林宏信 |
制作 | 日本(2019年) |
公式Web、関連リンク |
※放映予定は公式Twitter、および公式サイトなどで順次告知されます |
©2019sardineheadpictures
小林勝行という人物
まずは(筆者をはじめ)小林勝行というラッパーを知らない方のために、彼の活動や経歴を紹介します。
1981年、兵庫県神戸市に生まれた小林勝行は『神戸薔薇尻(こうべばらけつ)』というユニットでヒップホップシーンに登場すると、2011年に本名名義でファースト・アルバム『神戸薔薇尻』をリリース。 地方都市特有の価値観や環境をリリックにした楽曲は大きな注目を集めました。
しかし世間の注目に反して、小林は躁うつ病の症状が悪化したことで活動を休止。隔離病棟へ入院し、退院後は介護の仕事に勤めながら2017年にセカンド・アルバム『かっつん』をリリースしました。その制作期間はなんと6年。そのセカンドアルバムのファーストトラックと同名の映画『寛解の連続』は、アルバム制作をする小林勝行の姿と、彼が抱える病やパーソナルな問題と向き合い、葛藤する様子をとらえた作品です。
また、映画『寛解の連続』を手掛けたのは、本作が初の長編作品となる光永惇監督。同氏は本作のテーマを『病』(※)と語っています。
※映画「寛解の連続」光永惇監督に影響を与えた3冊 生きることを肯定したくなるものを作りたい | 好書好日”(外部リンク)より
ラッパー・小林勝行の過去とリリック誕生を追う作品
映画『寛解の連続』は主に2つの時系列で描かれています。ひとつは小林勝行が自室でひたすらリリックを生み出す様子を捉えるシーン。もうひとつは隔離病棟を出た後の小林に密着し、そこで語られる彼の過去や躁うつ病に対する思いなどに迫る内容となっています。
彼と家族が信仰する宗教のことや、一緒に暮らす父親を避ける理由。若き日に交際していた女性との出来事と自分が『躁うつ病』と知って日常のバランスが崩れた時のこと……。これらの内容を小林は終始穏やかな表情で語っていました。
こうしたふたつの時系列を交互に描くことで、小林がどのように考え・過去を背負ってリリックと向き合っているのかが伝わってくるのです。
こうした制作背景を捉えたうえで作中のライブ映像が流れると、初めて彼のライブを見た人はもちろん、これまでライブを見た人もまた違った見方ができて興味深いと思います。
この映画は小林勝行のファンだけに向けた作品ではない!
冒頭は小林勝行の魅力が伝わるライブ映像でスタートします。ライン録りではないのでノイズや割れた重低音が耳をつんざきますが、天井を仰ぐように倒れながら歌う小林の姿は、このガサツな音とマッチしています。関西弁のラップでヤンキー文化や地方都市ならでは体験を歌い上げる姿も非常に印象的。
何より本編ではほぼすべてのリリックが字幕で表示されるので、小林の存在や楽曲を知らなくても、彼がどんな想いで歌っているのか伝わります。 本作は決して小林のファンだけに向けた作品ではないのです。
人を『過去』や『病』だけで判断してはいけない
小林勝行の日常に密着する場面で追及されるのは、小林の抱える『病』です。しかしその『病』は人によっては『個性』だと見ることもできます。
印象的なシーンのひとつに、楽曲の共同制作者である市和浩氏が小林のことを「ズレているわけではなく、素直すぎて伝え方が他の人と違うだけ」と話していた場面がありました。
他人と比べてあまりにも素直すぎる性格ゆえ、その存在や行動が異端や間違いとしてカテゴライズされるケースも多いのではないか……。 本作に登場する人達が小林について語る内容は、人を安易にカテゴライズすることに警鐘を鳴らしているようにも聞こえました。
『躁うつ病』と判断された小林は隔離病棟に入り、そこから出ると人生をやり直さなくてはなりませんでした。過去の過ちと向き合い、自暴自棄になりながらも必死にふんばる姿は脳裏に焼き付けられます。
ヒップホップという音楽やラッパーというカテゴライズ自体についても、人によってはネガティブな印象を持っているかもしれません。そういった音楽をライフワークとしつつも、小林勝行は介護という仕事を通して他者とのつながりを感じ、より自分の問題と向き合っています。
彼の日常や過去を通して、相手がどんな人間かを安易に決めつけることの危うさ、他者と素直に向き合うことの大切さについて、改めて考えさせられます。
小林勝行から見る、自分を赦すことの難しさ
小林がリリックを生み出す過程で、突如として泣き出す場面が何度も見られます。その瞬間は小林が語った過ちに対する後悔、決して治ることのない『病』を背負う辛さが押し寄せているかのようです。
小林は涙を流し、ろれつが回らなくなっても言葉を生み続けます。辛い物事から逃げずに自分を見つめ直し続けるかのように。
その姿を見ているのは監督と観客だけ。小林にとってリリックを生み出すことは、誰かに自分をゆるしてもらうのではなく、自分で自分をゆるす行為なのかもしれません。
『自己肯定』といえばチープな表現かもしれませんが、彼が繰り出す言葉には未来と希望を掴もうとする強烈な意志があります。その意志が極限に達した楽曲こそ、隔離施設で使っていたボールペンを擬人化し、その目線で小林の決意を歌うトラック『オレヲダキシメロ』※に込められてるのではないかとも感じました。
※オレヲダキシメロ:2ndアルバム『かっつん』 10曲目に収録
この楽曲を歌う小林の姿を通して、『いつか希望はつかみ取れる』というメッセージを痛感しました。自分の過ちと対峙し続ける小林が歌い、言葉を生み出す姿は一度目にすれば忘れることはないでしょう。
ストーリー | ★★★(3) 大きな展開はなく、淡々と進むドキュメンタリー作品 |
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映像 | ★★★(3) 懐かしい地方都市の景色に、故郷を思い出した |
音楽 | ★★★★★(5) 楽曲ができる背景を知ったうえで観るライブ映像は感無量 |
構成 | ★★★★(4) リリック制作と、日常を捉えた2つの時間軸を交互に描く演出 少し難解だが良い |
総合評価 | ★★★★(4) 『ラッパー 小林勝行』越しに、社会や自分と向き合うことの 大変さを考えさせられる作品 |
(最大星5つ/0.5刻み/9段階評価)
関連リンク
- 映画 寛解の連続 公式サイト
- 映画 寛解の連続 公式Twitterアカウント @sardineheadp
- 小林勝行 Twitterアカウント @maruikatsuyukik
- 小林勝行 Instagramアカウント @kattun777kobayan
- 小林勝行 BASE 公式グッズショップ kattunhanbai
- 光永淳監督 YouTubeチャンネル Jun Mitsunaga (映画のPVのほか、小林勝行のMVなども掲載)