『聲の形』は鬱アニメじゃない! 視聴後に前向きになれる『コミュニケーション』を描いた作品
画像:映画『聲の形』公式サイト

『聲の形』は鬱アニメじゃない! 視聴後に前向きになれる『コミュニケーション』を描いた作品

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当記事では2016年公開された劇場版アニメ『聲の形』をご紹介します。 この作品はいわゆる『鬱アニメ』だと思われている事が多いように感じています。

というのも……

友人「おすすめのアニメ教えてよ」
「どんな作品が良いとか、イメージはある?」
友人「あまり長くなくて、あと心にグッとくる感じで」
「短いほうが良いなら映画かな〜。なら『聲の形』はおすす……」
友人「えー、鬱アニメじゃん! 観てないけど、鬱系は嫌だ」
「……」

……というような経験を度々したのがきっかけです。

同じように感じている方に、この場をお借りして断言させていただきます。

『聲の形』は断じて鬱アニメではありません!

映画『聲の形』 視聴後の心に残るのは、暖かな想い

とはいえ、たしかに『聲の形』には観ていて悲しい気持ちになったり、胸が苦しくなったりするシーンがあります。 実際筆者も、「〇〇(人物名)ぜってぇ許さねぇ……」なんて気持ちを何度抱いた事か。

ですが、そんな暗い気持ちを抱いたまま終わってしまうという作品では決してありません。

むしろ、ラストシーンのあと、私の心の中は暖かい想いで満ちていました。 そして、コミュ障である私がコミュニケーションに対し、少しだけポジティブな気持ちになれていたんです。 視聴後に以前よりも思考が前向きになる……そんな、『鬱アニメとは真逆』の作品とだったという事をお伝えしたいと思います。

なお、当記事は『”聲の形”に興味はあるけれど、結局観ていない』という方に、あらためて観る気持ちになってほしい……という目的から、以後の本文中に若干のネタばれ要素を含みます。 「ネタばれは嫌だ!」という方は、いったん当ページを閉じて、そしてぜひこの作品をご覧いただければ幸いです。

視聴した人の98%が「おすすめしたい」と答えたアニメ

「おまえ1人の感想なんて参考にならないだろ」なんて思われた方。

ご存じでしょうか? この作品が完成披露上映会のアンケートで『オススメ度98%』『満足度94%』という大多数から好評を得ていることを!

画『聲の形』 完成披露上映会『おすすめ度98%』『満足94%』
『おすすめ度98%』『満足94%』
画像 映画 聲の形 公式サイトトップページより

誤解を招きやすい言葉をあえて取り除き、かなりざっくりと『聲の形』のストーリーの流れを説明するなら……

登場人物たちが過去や現在の自分と向き合う中で、時には泣き、時には悩んだりしながら、最後にはそれらを乗り越え、前を向いて歩きだす作品。

……と、いったところでしょうか。

彼らの物語を目の当たりにして、視聴後は自分も彼らのように前を向き、今の自分を受け入れてあげたくなる。 『聲の形』は、そんな気持ちになれる素敵なアニメなのです。

映画『聲の形』概要

映画『聲の形』 ロングPV
映画『聲の形』 ロングPV

“退屈すること”を何よりも嫌う少年、石田将也。
ガキ大将だった小学生の彼は、転校生の少女、西宮硝子へ無邪気な好奇心を持つ。
彼女が来たことを期に、少年は退屈から解放された日々を手に入れた。
しかし、硝子とのある出来事がきっかけで将也は周囲から孤立してしまう。

やがて五年の時を経て、別々の場所で高校生へと成長したふたり。
“ある出来事”以来、固く心を閉ざしていた将也は硝子の元を訪れる。
これはひとりの少年が、少女を、周りの人たちを、そして自分を受け入れようとする物語――。

映画『聲の形』 公式サイト イントロダクション より

『聲の形』 ふたりの主人公

  • 石田将也(いしだ しょうや)
  • 本作品の主人公
  • 小学生のころはガキ大将だった
  • 転校生西宮への誤ったコミュニケーションは『いじめ』として問題となる
  • 結果、自身が孤立し『いじめ』を受ける対象に
  • 現在(高校生)でも他人とのコミュニケーションができなくなっている
  • ある決意をし、アルバイトでお金を貯め、手話を習得し、西宮に会いに行く……

  • 西宮硝子(にしみや しょうこ)
  • 先天性の聴覚障害を持つ
  • 小学生のころ、石田達のいる小学校へ転校してくる
  • 現在は石田とは別の学校に通っている

視聴前から鬱アニメだと思われやすい原因

鬱アニメを苦手な人が、『聲の形』を視聴する前に敬遠してしまう原因は視聴する前にネガティブな情報が集まりやすいからでしょう。

例えば、冒頭の友人にどうして『鬱アニメ』だと思うのか聞いてみると「えげつないイジメ(のシーン)があるんでしょ?」との返事が。

……言われてみれば、筆者も視聴前はこの作品に対して似たようなイメージをもっていました。 それは、インターネットなどで『酷いイジメのシーン』『自殺未遂』『過去のトラウマ』といったネガティブな感想の一端だけを読み取ってしまっていたからです。

テーマの本質は『コミュニケーション』

……確かに、この『イジメ』は、物語の導入に存在し、その後形や対象を変えつつも後半まで登場します。

結果として多くのレビュー・クチコミ・感想で、この『イジメ』について触れられているので、未視聴の方にとってはまるで”いじめ問題”が主題であるかのように思われやすいのだと思います。

ですが、視聴後に筆者が感じたのは、たとえ同じ言語で話していても、会話が成立していても、人と人、自分と他者、そして他者と他者が気持ちを理解し合うことは難しい。 そんな『人間同士のコミュニケーション』をテーマとしている……そう感じました。

コミュニケーション不全によるすれ違い

例えば、作中で主人公石田を小学生の頃から知り、現在でもクラスメイトである川井みき

  • 川井みき(かわい みき)
  • 石田達(西宮、植野)の小学校の頃のクラスメート
  • 石田と同じ高校に通う
  • 優等生然とした立ち振る舞いの学級委員長

彼女が高校内で石田(や西宮)の過去について吹聴していると知った際、それについて止めるよう石田が話しかける場面があるのですが……これは、西宮に対する配慮からの行為であったように思えます。 翻って、川井みきは石田が保身のために自身を責めていると感じたのかヒステリックに反応します。

また、別のシーンで石田を糾弾する川井みきに対し「私たちに石田をせめる権利はない」と伝えるのは、同じく小学生の頃を知る植野直花です。

  • 植野直花(うえの なおか)
  • 石田や、西宮の小学校時代のクラスメイト
  • 一見、気が強く、あけすけな言動

川井みきすらも、(直接的な事を行わずとも)加害者側であったという認識の植野直花の言動に対し、その自覚がない川井みきはいっそう怒りだしてしまうのです。 そしてこの反応は周囲を巻き込み、友人関係を構築しつつあるように見えた登場人物たちに、喧嘩別れという結果をもたらします。

相手や状況こそ違えど、想いや考えを上手く伝えることができず、失敗してしまった事はだれしも経験があるのではないでしょうか。

事実に当事者同士や周囲の認識・感情・思い込みなどの主観が入ってしまうことで、異なる意見や見解が生まれてしまうのでしょう。

本作中では同じ『イジメ』に対する言葉を交わしているはずなのに、それぞれの考え方や視点の違い、そしてそれぞれの関係性のせいで、意図していないすれ違いやトラブルに発展してしまうシーンは何度もあり、その度にこの作品のテーマを実感させられます。

ぜひ一度『聲の形』を観てほしい

筆者は他者とのコミュニケーションが上手ではありません。 他人を観察し、勝手に『知った気』になっていた事が多くありました。

そんな筆者に、諦めるのではなく、まず相手を理解しようと歩み寄ることが重要なのではないか……と考えるきっかけを与えてくれたのがこの作品です。 『コミュニケーションが苦手』な自分を責めるのではなく、そんな今の自分を許し、受け入れてみようとさえ思えました。

皆さんが同じような感想をもつかはわかりませんが、もし『聲の形』に少しでもご興味があるのなら、ネガティブな情報は一旦忘れて視聴する事をおすすめします。

鬱な展開のアニメだ……という理由で未視聴の方がいるのであれば、それはとてももったいない事だと思います。

『聲の形』は鬱アニメじゃない! 視聴後に前向きになれる『コミュニケーション』を描いた作品

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コロナのせいで気がついたらライターになっていた男。 何でも書きますが、一番テンションが上がるのはエンタメ記事の執筆。 アニメ、ラノベ、温泉を愛する。 今の夢は地方温泉を巡りながら、ラノベを書く生活を送ること。


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