アンチミステリ派がオススメするニッチ作品 『じじいエンタメ』『何も起こらない話』など5選!

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藤井洋子

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最近、書店で平積みになっている本を見ると、そのほとんどがミステリ小説(※)です。もちろん、私だって東野圭吾や湊かなえを読まない訳じゃありませんし、伊坂幸太郎は新刊が出ると必ず買っています。

しかし、それしかない・そればっかりという状況は少し寂しいと思うのです。

※もちろん、エンターテインメント小説で名高い奥田英朗や、金城一紀や吉田修一はミステリ要素がない作品も発表しています。また、恋愛小説の名手・江國香織や、多彩な作品を発表している川上弘美や小川洋子も有名です。

だって、ミステリにはちょっと飽きてきたけど、何を読んだらいいか分からない、という方もおいでだと思うのです。

今日はそんな方のために、文庫を中心にオススメしたい本を紹介したいと思います。

ジジイ・エンターテインメントがアツい!

高齢化社会を反映してか否か、高齢者を主人公にした小説が散見されます。芥川賞で話題になった若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』の主人公は老女ですが、ジイさんを主人公にしたエンターテインメント小説には秀作がいくつもあります。

ジイさんを主人公にしたものと言えば、有川浩『3匹のおっさん』シリーズが有名ですが、私が今回オススメしたいのは、次の2つです。

三浦しをん『政と源』

青春小説『風が強く吹いている』や「まほろ駅前」シリーズで有名な三浦しをんですが、この作品の主人公は、「政」こと有田国政と「源」こと堀穂源二郎の73歳のジイさんコンビ。三浦しをんらしく、他の作品で見せた巧みな人物造形は健在で、魅力たっぷりな愛すべき老人となっています。

作中では色々な出来事がありますが、事件というには規模が小さい、家庭内の問題が殆どです。また、ジイさん2人の友情が小学生のようなのも、微笑ましい部分です。幼馴染というのは、嫌なところもあるけれど、いいところの方が多いんだなぁ、と思いました。

しかし、悪ガキがそのまま歳をとったようなジイさんに笑っていると、不意に年齢に裏打ちされた重みのある言葉が飛び出すので、なかなか油断できません。73歳、という設定がきちんと活かされた作品です。

何より注目は、この本が集英社のオレンジ文庫から出ている事です。オレンジ文庫と言えば、少女小説で一世を風靡したコバルトの先輩的ポジションで、想定読者は若め、というのが世間の常識です。なので、チェックしていない人も多いと思いますが、この本は「若くない」人にこそオススメしたい一冊です。

ダニエル・フリードマン『もう年はとれない』『もう過去はいらない』

エドガー賞の候補に挙がったので、ミステリと言えばミステリですが、ハードボイルド要素の強い作品です。

主人公のバック・シャッツは元刑事で、第1作のスタート時点でなんと87歳。体はあちこちガタが来ているものの口は達者な皮肉屋で、孫を助手代わりに事件の解決に挑むのですが、2人の道行きがとにかく面白い。孫はITに強く、ジイさんはアナログ派。携帯は苦手ですが拳銃は手放さず、時にはパーキンソン病のフリで相手をだまそうとするロクでもないジジイなんです。

でも、面白いだけじゃありません。歴史の暗がりを覗き込んだような重さと、ジイさんのシニカルな物の見方、時代錯誤なタフさが、この作品を上質のハードボイルドとして成立させている理由でしょう。

シャッツはユダヤ人で、第1作の『もう年はとれない』は、彼と因縁があったナチスの将校が生きているかもしれないという話から始まります。正直に言って、私は「ナチスの生き残りって、今時アリなのか?」と思いましたが、実際に読んでみると、この設定が本当にリアルなのです。むしろ今だからこそ、この設定なのだ、と深く納得しました。

私個人としては、さらにパワーアップした第2作の『もう過去はいらない』の方が好きです。こちらになると、主人公は88歳。歩行器が手放せなくなっているにもかかわらず、78歳の銀行強盗と対決するのです。88歳と78歳でハードボイルドが成立するのかと思いきや、きっちりと成立しています。

しかし、とにかく第1作を読まないと面白さが半減するので、第1作から読んだ方が良いと思います。そして、第3作が非常に楽しみですが、主人公はいくつまで生きるのか、心配で仕方がないシリーズでもあります。

『何も起こらない話』

何らかの事件が起きるミステリの対極にあるものと言えば、『何も起こらない話』です。誰も死なない、誘拐されない、失踪もしない、現金が舞う事もない。というタイプの話ですね。

息もつかせぬ事件の連続や、熟考の末のどんでん返しなど、ミステリに馴染んだ方達は、このタイプの小説を手にする機会が少ないかもしれません。

でも、実はこれはこれで非常に魅力のある小説なのです。

何も起こらない話を書く作家としては、芥川賞を受賞した堀江敏幸が名手の一人ですが、私の今のイチオシは津村記久子

最近、ミステリ以外でオススメは何?と訊かれたら、必ず名前を挙げる作家です。

津村記久子『とにかくうちに帰ります』

津村記久子といえば、まずはこの作品。文庫版では、共通の登場人物による連作「職場の作法」「バリローチェのフアン・カルロス・モリーナ」と「とにかくうちに帰ります」がセットで1冊になっています。

表題作をひとことで言うと、「大雨で交通手段を断たれた人達が家に帰ろうとする話」です。こういう話は、ドラマチックにしようとすれば、いくらでもドラマチックになります。しかし、この小説ではドラマチックな事は殆ど起こりません。若い男女が一緒に帰っていても恋愛要素はゼロ。人助けさえもドラマチックではありません。

文庫版では西加奈子が解説を書いていて、これがまた秀逸なのです。本の中身を的確に言い表しているので、それを引用します。

「危ないぞー!」「手を摑め!」「俺はいいから先にゆけー!」みたいなドラマはない。泣きながら「ありがとう!!」と叫ばれるようなことも、だからないが、でもささやかで大切な手助けを、それぞれがしている。

(新潮文庫『とにかくうちに帰ります』解説より)

まさにこれです。大雨の中でもアクシデントはあくまでも小さく、いっそみみっちいほどですが、その平凡なアクシデントを丁寧に、かつユーモアたっぷりに描くのが、津村記久子の真骨頂なのです。

津村記久子は「お仕事小説」の名手でもありますが、その分野でも同じ手法が用いられています。仕事といっても、例えば真山仁の『ハゲタカ』や池井戸潤の『下町ロケット』のような派手さは全くありません。億単位の金が動いたり、社運を賭けたプロジェクトで格闘したりはしないのです。

代わりに、「ささやかで大切な」事が丁寧に描かれています。例えば、調子が悪いコピー複合機と闘ったり、サボリ場所を探して右往左往したり、同僚の私用のために奮闘したり……。

ね、ささやかでしょう? でも、そういう事って大切じゃないですか。

この本に収録されている連作「職場の作法」「バリローチェのフアン・カルロス・モリーナ」も同じで、働いている人だったら、「あぁ、こういう事ってあるよな」と思ってしまうような出来事が起こり、「こういう風になるよね」あるいは「いや、そのやり方は考えなかった!」と思うような決着を見ます。

決して派手ではありませんが、じんわりと面白い、という小説です。

次から次へと波乱の展開が巻き起こる小説も魅力的ですが、「何も起こらない話」にもエンターテインメント性はあるのです。「何も起こらない話」の魅力を知ると、小説の楽しみ方が広がるのではないか、と思います。

ノンフィクションを試してみよう

ノンフィクションとひとくちに言っても、社会派のルポルタージュや戦争物から、探検紀行まで色々あります。ノンフィクション=重い&暗い、という印象をお持ちの方も多いのではないでしょうか。

しかし、エッセイが軽めのテイストからどっしりした随筆まで色々あるのと同じで、ノンフィクションも多種多様です。まずは読みやすいものから手に取ってみてはいかがでしょう。
最近のトレンドは歴史物と動物系ですが、歴史物はハードルが高いという人が多いので、動物系のオススメを2冊紹介します。

前野ウルド浩太郎『バッタを倒しにアフリカへ』

近年の動物系ノンフィクションで大ヒットとなった作品です。出版界では、「普段小説を読まない人が読む小説だけがベストセラーになる」と言われていますが、この本はそれのノンフィクション版と言えます。「普段ノンフィクションを読まない人間でも楽しく読める」ノンフィクションです。

タイトルの通り、バッタの研究者である作者が、サバクトビバッタという農業被害をもたらすバッタの研究(被害を食い止める)のためにアフリカ・モーリタニアで奮闘する話です。しかし、堅苦しい科学的な話ではなく、いわば若者の奮闘記。就職口もない研究者が単身アフリカに渡って試行錯誤する様子は、青春の記録として普遍的な面白さがあります。若者らしく失敗の連続なのですが、それにもめげず奮闘する様子を読んでいくと、作者に肩入れしてしまいます。若い人なら希望が持てるし、30~40代なら自分も奮起だろうな、と思えるような物語です。

ただ、バッタの研究者らしく、ところどころにバッタの写真(しかも一部はカラー)が出て来るので、「虫なんて見るだけで嫌!」という人は避けた方が良いでしょう。

川上 和人『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』

こちらも最近のヒット作であり、とても楽しい本です。鳥類学者である作者の日々を綴ったエッセイ的な文章を集めたもの。フィールドワークの様子や、実際の研究について綴られているのですが、筆致が実に軽妙で、鳥に興味がない人でも充分に面白く読めると思います。

この本の面白さは、いわば話術の面白さ。専門家なのに話が面白くて聞き入ってしまう、というタイプの講演がありますが、この本はまさにその書籍版です。ドタバタ劇のようなフィールドワークのレポートに、ユーモアを交えた考察。専門家らしく、扱っている題材の中にはマニアックなネタも少なくないのですが、分かりやすい例えと面白い文章で読ませてしまいます。「分かりやすくてためになる」という常套句がぴったりとあてはまるような本ですね。

ちなみに、この本を勧める時、私は「一時期流行った土屋賢二の鳥版」と説明しています。土屋賢二を知らない人には「なんのことやら」でしょうが、土屋を知っている人が実際に読むと納得してくれる事が多いです。

(※注:土屋賢二は哲学者。ユーモアエッセイで人気を博しました。私が若い頃は割と流行っていたものです。)

まとめ:迷ったら受賞作

色々書きましたが、世の中の鉄則として、本当にいいものは皆が褒めるものです。なので、迷った時には文学賞等を受賞した作品を読むのが一番だと思います。身も蓋もないですけど。
しかし、ここで気を付けなくてはならないのが、受賞作だからと言って自分の好みに合うとは限らない、という点です。世の中には色々な賞がありますし、審査員もバラバラです。

メジャーなところで言うと、エンターテインメント系なら「直木賞」や「本屋大賞」(もともと「本屋大賞」は「直木賞」に対抗して生まれたものですが、最近、この2つは似た傾向の作品を選ぶ事が増えてきています)の受賞作、純文学系が好きなら「芥川賞」、というのが定番です。

どちらが優れているか、という話ではなく、系統が違うのです。さらに、個人的な好みという問題もあります。

私の場合を例に出すと、「本屋大賞」と「山本周五郎賞」が好みに合うので、読む本が無くなった時はこの2つのどちらかを受賞した本を買う事にしています。

また、非ミステリ派なので「『このミステリーがすごい!』大賞」の受賞作は好みに合いません。しかし、意外にも「『このミス』にエントリーされたけれど大賞を逃した作品」は好きな事が多いので、優秀賞の受賞作を割と買います。

同じように、「芥川賞」の受賞作はあまり好みに合いませんが、同じ作者が数年後に書いた本を好きになる事が多いので、芥川賞作家は「すぐに買わないけれど注目する」というスタンスです。

賞を受賞した本は、帯や背表紙のあらすじ欄に「〇〇賞受賞」と書かれているので、チェックしてみましょう。そして、自分がどの賞と相性がいいのか分かれば、次の本を買う時の参考になると思います。

以上、個人的ではありますが、「アンチミステリ派のためのブックガイド2018春」でした。

参考にしてもしなくても、楽しい読書ライフをお送りください。

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藤井洋子

フリーランスのライター兼編集者。アラフォー。10代から始めたライヴハウス通いは、現在も月1ペースで継続中。ただし、本人はかなりの音痴。 20年飼っているケヅメリクガメのために郊外に引っ越しました。

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