突然ですが、皆さん『大麻』という言葉を聞いてどんなイメージを思い浮かべますか?
『麻薬』『犯罪』なんてネガティブなワードが浮かぶ方もいれば、『カナダで合法化された』『医療用として使うこともある』『音楽と関係が深いよね!』といった意見もあるでしょう。
日本をはじめ、大麻の使用・所持を違法とする国もあるように、なぜ大麻は国によって合法・非合法の差があるのでしょうか? 危険な薬物であれば、万国共通で禁止にすべきですが、事はそんなに単純ではないようです……。
そんな疑問を時にマジメに、時にノリ良く解き明かしてくれる異色のドキュメンタリーがNetflixで配信されています。
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Netflix 『グラス・イズ・グリーナー: 大麻が見たアメリカ』 を酒もタバコもヒップホップも嗜まない人間が観た
『グラス・イズ・グリーナー: 大麻が見たアメリカ』は、「なぜ大麻は違法になり、今になって合法化が進んでいるのか?」という疑問を、アメリカの音楽や歴史、人種のルーツに沿って解き明かしていくドキュメンタリーです。
もちろん、本作は「大麻いいじゃん。ガンガン吸っちゃおうぜ!」みたいな内容ではありません。
海外版予告
むしろ大麻がアメリカで違法になった背景には、暗く重たいアメリカの歴史が隠れていました。もちろん本作を観たからと言って、ハイにはなれませんのであしからず……。
グラス・イズ・グリーナー: 大麻が見たアメリカ 概要
ウィード、マリファナ、グラス、ポット。呼び名はなんであれ、大麻とアメリカの関係は複雑です。ヒップホップ界の先駆者ファブ・ファイヴ・フレディ (「Yo! MTV Raps (原題)」) の監督デビューとなる本作では、大麻をめぐる人種差別的な偏見と闘う歴史について、比類なきひとコマを見せています。本作品では、スヌープ・ドッグ、サイプレス・ヒルのB・リアル、ダミアン・マーリーなどの有名人や専門家が、大麻が与えた音楽や大衆文化への影響、人種差別と紐づけた大麻の犯罪化が黒人やラテン系コミュニティに与えた壊滅的なインパクトについて議論します。ますます多くの州がマリファナの合法化を推進し始めたアメリカ。「グラス・イズ・グリーナー: 大麻が見たアメリカ」は、増大する大麻市場における明白な人種格差について深く掘り下げます。
スヌープ・ドッグ、サイプレス・ヒルのB・リアルとセン・ドッグ、DMC、ダグ・E・フレッシュ、チャックD、ダミアン・マーリー、キラー・マイク他、数々のインタビューを収録。
Netflix メディアセンター 『グラス・イズ・グリーナー: 大麻が見たアメリカ』より引用
大麻の使用はどこから始まった?
アメリカにおける大麻の歴史は、1930年頃ジャズ界から始まったと言われています。
正直、筆者は大麻はもっとアングラなものだと思っていたので、音楽界の中でもヒップホップやR&Bが最初のルーツではないかと思っていました。クラブのVIPルームで金の太いネックレスを下げた人が吸っているイメージ……。(のちにこれはとんでもない偏見であったと分かります)
ジャズに詳しくなくても、その名を聞いたことがあるルイ・アームストロングも大麻の愛好家であったと知られています。 彼に限らずジャズ界では大麻を吸うと「曲がスローに聞こえる」と言われ、そこからアドリブに身を任せるそうです。アームストロングは、大麻禁止に反対声明していたことでも知られています。
しかしアメリカの人種差別者は、黒人文化の街『ハーレム』で、白人が黒人文化に触れることを懸念しました。ここから大麻、ひいてはそれを使う黒人を取り締まるようになるのです。
大麻と音楽の歴史の出発点はジャズですが、のちにジャマイカから発祥したレゲエ、そして80年代にニューヨークで誕生したヒップ・ホップへと、大麻と音楽の関係性は受け継がれていきます。
あの有名ミュージシャンがインタビューに答える!
本作の面白い点は、著名なヒップ・ホップのミュージシャンたちに、自らの『大麻観』についてインタビューを行なっていることです。
スヌープ・ドッグをはじめ、サイプレス・ヒル、Run-DMCといったアーティストたちが(時に大麻を吸いながら)インタビューに真っ向から答えている姿は、大麻文化に疎い筆者からするとかなり強烈な場面でした。

(『グラス・イズ・グリーナー: 大麻が見たアメリカ』予告編動画より)
実は黒人の大麻使用・所持を厳しく取り締まる一方で、1980年代ではコカイン使用も問題視されていました。こちらは依存性も強く、麻薬の中でも危険度が高いものです。インタビューでは「白人がコカインをやっていてもおとがめなしだなんて……」と批判の声をあげる人物も。
そんな格差を痛烈に歌い、なおかつ「コカインより、大麻を吸ったほうがまだいいぞ」と歌詞に載せたのがヒップホップなのです。てっきりやんちゃだと思っていたヒップ・ホップ界隈のイメージが、ガラリと変わったエピソードでした。
他にも、スヌープ・ドッグはインタビューで「仲の悪い者同士を部屋に閉じ込め、そこに酒を持っていけば殺し合いが始まる。でも大麻ならみんながハッピーになれる」とユニークな例えを持ち出します。
サイプレス・ヒルも「危険なコカインを使うのでなく、大麻を使わせようとするのがクールなことだった」とコメント。作中で紹介される歌詞は、コカインがどれほど危険かを物語る内容なのです。
ちなみに本編では、サイプレス・ヒルがテレビ番組『サタデー・ナイトショー』の本番で「大麻を吸うな」と言われたにもかかわらず、ステージでそのことを暴露し、大麻を吸って出禁になるという、最高にツッパッてるシーンを見ることができます。
このように、愛用者による『私が証明です』状態の大麻の効能ですが、アメリカでは犯罪者の薬物検査を行ない、大麻を大量に使用したことがわかると、犯罪=大麻に直結するといわんばかりの報道がなされます。

(『グラス・イズ・グリーナー: 大麻が見たアメリカ』予告編動画より)
大麻愛好家や専門家が「大麻には麻薬のような危険性はない」と断言する一方で、「凶器への片道切符」などと揶揄される大麻。どうしてここまで“危険性の違い”が発生したのでしょうか?
そこには、ある1人の人物の登場が大きく関係していました。
誰が大麻を禁止にしたのか
ハーレムで、白人が黒人文化に感化されることを恐れたアメリカの権力者は、“大麻=悪=黒人”という図式を完成させるために、1人の男を登場させます。
その人物の名は、ハリー・アンスリンガー(1892〜1975) 。アメリカ連邦麻薬局初代長官に任命された人物で、これがなかなかの曲者です。
『大麻禁止法』の立案者でもあるアンスリンガーは、民衆にとって共通の敵を作るために『大麻がヤバい』ということを、あらゆる方法で伝えます。というか、ほとんどプロパガンダです。凶悪な犯罪が起きれば『大麻を使用していたため』と、科学的根拠もないのに因果関係をでっち上げる始末。絵に描いたような人種差別を続けます。
あまりの傍若無人っぷりに、医療関係者や専門家が、大麻の正しい効果や中毒性の有無について報告書を出し、アンスリンガーたちによるプロパガンダを覆そうとするも、行政はことごとく無視。
それもこれも、極論は『黒人の多いジャズクラブから、白人を遠ざけるため』でした。
あのニクソン大統領も大麻を規制し、麻薬戦争に対する宣戦布告によって、大麻に対する風当たりはどんどん強くなります。本編ではニクソン大統領の肉声が録音されたテープが再生され、それはまあお行儀の悪い言葉で、大麻(というより黒人)に対するアンチテーゼをかましていました。
(『やつらの○○を蹴っ飛ばしてやる』とか…今の時代なら間違いなく炎上するレベル)
大麻合法化ですべてが解決したわけではない?

(『グラス・イズ・グリーナー: 大麻が見たアメリカ』予告編動画より)
カナダでは2017年に大麻が合法化され、アメリカでもカリフォルニアやワシントンなど、州によって『嗜好用』の大麻が合法化されています。
なぜ過去にフェイクニュースやプロパガンダまで行って弾圧しようとした大麻が、合法になりつつあるのでしょうか。実はここでも、白人が黒人を下に見るような思考や態度が垣間見えます。
合法化によって、違法なルートで大麻が流れることを防げるようになり、免許さえ取得できれば大麻を販売することができるようになりました。ある黒人男性は、エンジニア職を辞めて自ら大麻を栽培する事業主になり、『過去の大麻のイメージを払拭したい』と語ります。
大麻の市場が完成したことで様々な商品も生まれました。なかにはバスケット選手が監修した『スポーツ用大麻』なんてものも。これで黒人も行政に文句を言われることなく、堂々と大麻市場に参入できる! ……と思いきや、そう簡単ではありませんでした。
大麻市場に多くのお金を出す投資家は、経験豊富な黒人ではなく、”安心できる”白人にお金を出します。黒人が始めた事業なのに、ここでも人種による差別があったのです。
市場に参入する白人も、それを分かっているからか、平気な顔で『だって(黒人は)おおよそ商売が下手だろう?』『連中はだいたいポッドヘッド(大麻常用者)だから、ビジネスを知る人間がやるもんだ』と話していました。涼しい顔をして人種差別的発言をする様子は、下手なホラーよりゾッとします。
筆者は商売をしたことがないので、うまく例えられませんが、頑張って宿題をやってきたのに、勝手に答えを丸写しされているかのような悔しさを感じました…。
酒もタバコもやらない筆者でも、大麻の暗い歴史が理解できた良作

(『グラス・イズ・グリーナー: 大麻が見たアメリカ』予告編動画より)
冒頭にも書いたように、私は大麻はもちろん、酒もタバコも嗜みません。だからこそ、最初は『なんでここまで大麻にこだわるんだろう……』という感情がありました。今はいろんな娯楽や趣味・嗜好品があるし、『麻薬のように依存性はない』とインタビューで豪語しつつも、そもそも大麻という存在そのものに依存しているようにも見えました。
しかし、『グラス・イズ・グリーナー』で大麻が違法になった背景を知ると、大麻の問題以上に、黒人を差別するために政府が手段を選ばない(フェイクニュース、プロパガンダ、専門家の意見をスルー、etc.)という、ショッキングな内容がありありと伝わりました。
差別によりあらゆる選択肢を消された黒人にとって、大麻の市場が唯一の収入源だったにもかかわらず、合法化にすれば白人が市場を横取りします。黒人を刑務所に送り込むために、僅かな所持・使用で逮捕し、異常なほど長い刑期を与えます。

(『グラス・イズ・グリーナー: 大麻が見たアメリカ』予告編動画より)
1930年頃から始まった大麻の文化は変わっても、黒人に対する偏見は何一つ変わっていないのです。
本当に危険視するのは大麻の依存性などではなく、人種差別という偏見なのではないかと痛感する良作でした。