映画『零落』/イラスト 歓楽街に佇む、ちふゆ ©️浅野いにお/小学館
画像:映画『零落』/イラスト:「歓楽街に佇む、ちふゆ」 ©️浅野いにお/小学館

映画『零落』 3月17日公開前試写レビュー 赤裸々に描かれる人生経験。その鬱念に吞み込まれそうになる

評価:3.5 

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ある程度の年齢を重ねると、人は『大人としての言動』を求められるようになる。円滑なコミュニケーションを心がけ、怒らず、騒がず、悩みがあっても外には出さず……。そうすることが子供から大人への切り替えであると、我々は無意識的に理解していく。

一方で外見は年相応の大人になっているにも関わらず、精神的に成熟していない者に対しては、世間の目は冷ややかだ。いや、冷ややかなだけならまだしも、そうしたマイナスな他己評価を受けてしまえば挽回することは難しい。社会不適合の烙印を押されたまま、悲しく生きていくことを強いられることになる。……そう。自分自身が変わろうと思わない限りは。

今回公開前試写の機会をいただいた映画『零落』は、そんな社会では上手く生きられない、ひとりの漫画家の男の人生を追体験する意欲作。ファンの間でも期待値の高いであろう本作に関してレビューを試みるものである。なお重大なネタバレ要素は極力省いているので、鑑賞予定の方は安心して読み進めてもらいたい。

映画『零落』作品概要
原作:浅野いにお/主演:斎藤⼯/監督:竹中直人

  • 出演:斎藤⼯、趣⾥、MEGUMI、⼭下リオ、⼟佐和成、吉沢悠、菅原永⼆、⿊⽥⼤輔、永積崇、信江勇、佐々⽊史帆、しりあがり寿、⼤橋裕之、安井順平、志磨遼平、宮﨑⾹蓮⽟城ティナ、安達祐実
  • 原作:浅野いにお「零落」(小学館 ビッグスペリオールコミックス刊)
  • 監督:竹中直人
  • 脚本:倉持裕
  • 製作幹事・配給:日活/ハピネットファントム・スタジオ 制作プロダクション:ジャンゴフィルム 宣伝:ミラクルヴォイス
  • 製作:「零落」製作委員会(日活/ハピネットファントム・スタジオ/小学館)

©2023 浅野いにお・小学館/「零落」製作委員会

あらすじ

8年間連載してきた漫画が完結を迎え、“元”売れっ子漫画家となった深澤。次回作のアイデアも浮かばず、担当編集者からはぞんざいに扱われ、募る敗北感。すれ違いが生じていた妻との関係は冷え切り、 漫画家として切望されることのない現実が始まった。時間を浪費するだけの鬱屈した日々は深澤を蝕んでいく。
虚無感を抱えたまま立ち寄った風俗店で、 深澤は猫のような眼をした「ちふゆ」と名乗る風俗嬢と出会う。自分のことを詮索せず、ただ「あなたはあなた」と言って静かに笑う 「ちふゆ」に、急速に惹かれていく深澤。ある日、深澤は「ちふゆ」とともに彼女の故郷へと向かうことになり――。

3月17日(金)公開|『零落(れいらく)』長尺予告
3月17日(金)公開|『零落(れいらく)』長尺予告

映画『零落』試写レビュー

『零落』は、長期連載を終えて“元”売れっ子となった人気漫画家 深澤薫(斎藤工)の憂鬱な生活を描く作品だ。なかなか決まらない次作の構想や、周囲の人々の言動、その他あらゆる身の回りの物事に怒りを覚える日々。そんな中、とある風俗嬢 ちふゆ(趣里)と出会ったことで、変化する日々を映していく。

原作は『ソラニン』や『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』といった漫画を手掛けてきた漫画家浅野いにおによる同名の短編作品。そして、実力派俳優であり監督としても実績を残してきた竹中直人がメガホン握る。主題歌はドレスコーズの新曲“ドレミ”を起用。

ドレスコーズ「ドレミ」MUSIC VIDEO(3月17日(金)公開 映画『零落』主題歌)
ドレスコーズ「ドレミ」MUSIC VIDEO(3月17日(金)公開 映画『零落』主題歌)

また物語を彩る俳優陣には先述の斎藤工趣里のほか、MEGUMI玉城ティナ安達祐実といった有名キャストを抜擢。いずれも怪演とも言うべき絶妙な演技で、個性的なキャラクターたちに命を吹き込んでいる。

零落_浅野いにお描き下ろしイラスト
©️浅野いにお/小学館
映画『零落』 浅野いに描き下ろしイラスト
歓楽街に佇む、ちふゆ
©️浅野いにお/小学館

原作である『零落』は、浅野にいお作品においても特に異質な作品だ。「映画化は難しいんじゃないか?」と感じていた部分もあったのだが、全くの杞憂。原作をしっかり踏襲しつつ、僅かな目の動きや沈黙といった、映画ならではの武器を上手く使った魅せ方は圧巻だった。

主人公 深澤

本作の主人公 深澤薫
本作の主人公 深澤薫

サスペンス映画の主人公というのは冷静沈着だったり、はたまた他者を気遣いながら会話を広げたりと、鑑賞者の感情移入を阻害しないキャラクターである事が多い。ところが『零落』の主人公である深澤は、視聴者が寄り添うことさえはばかられるような、近寄りがたい……正直関わりたくないような人物である。

深澤に対して悪い感情を抱いてしまうその理由は、ひとえに彼の傍若無人な性格にあるだろう。自己を正当化し、他人を卑下する。果てはそうして溜まったストレスを性交を介して発散する姿は「ヤバいやつ」なんて俗な一言に集約されても然るべきだろう。もちろんそんな彼が社会に適応できるはずもなく、気付けば周りからは人がいなくなってしまう。ただ当の本人はそんな自分を(高すぎるプライドからか)何度も理論武装し、更なる泥沼へと嵌まっていく。

零落 場面写真
零落 場面写真

そして、因果応報という言葉があるように、他者への行動はいずれ自分に跳ね返る。

そう。彼にとっての最後の希望として位置していたであろう『漫画』の執筆という行為自体にも、暗雲が立ち込めるのだ。半ば死んだような生活の果てに待ち受けるのは希望か、それとも絶望か。全く先の見えない展開は、ぜひ劇場で確かめてほしい。

呑み込まれるストーリー展開

ストーリー展開などに思わず没入してしまう作品に対して用いられる『雰囲気に呑まれる』という表現があるが、本作も文字通り『呑み込まれる』とも言うべきドロドロとした鬱念を孕んでいる。物語で描かれているのは、深澤の辛い人生の追体験ではある。しかしながらそこに『理想と現実のギャップ』が付随している点においては、我々とて全くの無関係とはいえないのである。

例えば映画冒頭、8年間続いた連載漫画が終わったとき。深澤はその事実を淡々と受け止めながらも、絶望しているように見て取れる。そして以降は自暴自棄な生活を送ることとなるのだが……、ここで考えるべきは『我々がもし深澤のような経験をしたとき、どうしていただろうか』ということ。おそらく正しい解としては「もう一度頑張ろう」と奮起することなのだろうけれど、深澤はその思考には至らなかったように見受けられる。

そう考えると『零落』における暴力的な深澤の行動は、人生における様々な分岐点で間違え続けた、あるいは誰にも手を差し伸べられなかった人間の、最悪の未来とは考えられないだろうか。つらい出来事がパズルのようにカチカチとはまる中で、次第に見えてきた『どうしようもない』の答え。深澤はそれを頭から消し去るために、自己弁護を続ける……。そんなネガティブの応酬が圧倒的なリアルさで襲いかかってくる。

赤裸々に描かれる『人生経験』という財産

そんな独善的な主人公の苦難を描く『零落』が、我々に伝えたいこととは一体何なのだろうか。もちろん真意は原作者本人にしか分からないのだろうけれども、集中し続けて本作を観終えたとき、それは『長い人生における幸福・不幸の経験値の可視化』であるように僕には思えた。

例えば100人が全く同じ寿命で人生を終えると仮定したとき、最終的な人生の幸福度はほぼ均等になるものだと信じて疑わない。10代の頃に辛い経験をし続けた人はどこかで報われるし、逆に若い頃に順風満帆だった人は、後々ドカンとツケが回ってくる。少なくとも、幼少期から晩年までずーっと辛いことばかりで最期を迎えた、という人はいないのではと。

『零落』の主人公・深澤にしてもそうだ。長期連載をしていた頃の彼は食うに困らない程の金と、ぞんざいな態度でも周囲が合わせてくれる環境にあった。けれども連載終了後はその代償として、これまでとは180度違う状況まで転落する……。それは言うなれば深澤というフィルターを通して見る壮絶なビフォーアフターだ。這い上がるのも絶望するのも、人生の必然。この作品で抽象的な表現が多く見られるのも、もしかすると「この先の未来を補完して考えよ」ということなのかもしれない。

フィクションのようでいて我々の生活にもチクリと刺さる現実味を、しっかりと描いているのは素晴らしい。

おわりに

全体として、気になる部分はあれど詳細を鑑賞者に委ねるタイプの作品として『零落』は良い映画だと思う。余韻を楽しみつつ、その日の寝る前に改めて回想にひたる……。そんな、時間をかけて内容を汲み取ることで補完できる、余白作品とでも言おうか。

大人であるにも関わらず、社会に順応できない悲しき男 深澤。彼の歩みに何を思うかは人それぞれだけれど、人生に悩み苦しんだ人/苦しんでいる人にはストレートに心を射抜くものがあるはずだ。きっと全国各地の劇場で、様々な人に影響を与える作品だと思う。

そんな映画『零落』は、2023年3月17日劇場公開日される。彼の姿に溜飲を下げるもよし、共感するもよし。目くるめくカオスの世界に、多くの人が酔いしれることを願っている。

映画『零落』は2023年3月17日
テアトル新宿 ほか全国劇場にて公開
映画『零落』は2023年3月17日
テアトル新宿 ほか全国劇場にて公開

映画『零落』 総合評価

ストーリー ★★★(3)
偏屈な性格の主人公を軸に描かれる、不穏な人間模様の数々は見応えあり。難しい題材を上手くまとめた力量も素晴らしいと感じる一方で、主人公の性格が稀有なため感情移入が難しい。結果として明確なメッセージ性を掴みづらい点は気になった。
ストーリー ★★★★(4)
各自キャラが立っており、総じて素晴らしい配役。中でも重要人物である深澤とちふゆの怪演は見事の一言。観るものを魅了する力強さがある。
エンタメ性 ★★★(3)
様々な局面でのワンシーンを切り取り、ダークな流れで畳み掛けていく。興奮度が上がるような物語上の起伏は少ないため、散漫な展開に感じる部分も。
感動 ★★★(3)
含みを持たせる表現を多用し、鑑賞者に真意を委ねる展開は一定数の評価を得られるのではないだろうか。主人公を取り巻く環境や、彼の周りの登場人物の心境をイメージ出来るか否かで没入度が左右される懸念も。
総合評価 ★★★☆(3.5)
映画化は難しいとされていた問題作を、しっかりと作り込んでみせたことには素直に驚き。怒りや悩みといったドロドロとした感情を、2時間尺でバランスよく描ききったのも見事。また雰囲気的にはナイーブになること請け合いの作品なので、どう脳内補完出来るかがカギ。
映画『零落』 のレビュー
(最大星5つ/0.5刻み/9段階評価)

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映画『零落』/イラスト 歓楽街に佇む、ちふゆ ©️浅野いにお/小学館

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キタガワ

島根県在住、会社員兼音楽ライター。rockinon.com、KAI-YOU.netなどに音楽関係の記事を中心に執筆。毎日浴びるほど酒を飲みます。

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