水は海に向かって流れる マガポケ 配信ページ より
水は海に向かって流れる (画像: マガポケ 配信ページ より)

漫画『水は海に向かって流れる』 レビュー 田島列島が描く、心地よいウエイト感のヒューマンドラマ

評価:5 

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第24回手塚治虫文化賞で、斬新な表現、画期的なテーマなど清新な才能の作者に贈られる”新生賞”を受賞した田島列島(たじま れっとう)氏による漫画『水は海に向かって流れる』。別冊少年マガジン2020年8月号掲載の第24話でついに連載が完結しました。

小気味良いテンポで繰り広げられる会話と、重いテーマをそう感じさせずにスッキリ描く本作。その魅力を紹介したいと思います。

水は海に向かって流れる

榊さんと直達
水は海に向かって流れる 第1巻 表紙より
んと直達
水は海に向かっ流れる 第1巻 表紙より

本作『水は海に向かって流れる』は、講談社の『別冊少年マガジン』と『マガポケ(web/アプリ)』で連載された、田島列島氏による漫画作品。前述のとおり『別冊少年マガジン』2020年8月号掲載の第24話で完結し、最終巻となるコミックス第3巻が2020年9月9日に発売されました。

「俺がいなければ、この人の肩が濡れることはなかったのに」

高校への進学を機に、おじさんの家に居候することになった直達。
だが最寄の駅に迎えにきたのは見知らぬ大人の女性の榊さん。

案内された家の住人は26歳OLの榊さんとなぜかマンガ家になっていたおじさんの他にも女装の占い師、メガネの大学教授といずれも曲者揃いの様子。

ここに高校1年生の直達を加えた男女5人での一つ屋根の下、奇妙な共同生活が始まったのだが、直達と榊さんとの間には思いもよらぬ因縁が……。

『水は海に向かって流れる(1)』(田島 列島)|講談社コミックプラス より

高校入学を機に親元を離れて新生活をスタートさせることになった主人公 直達(なおたつ)ですが、訪れた”おじさんの家”は、超個性的な面々が暮らすシェアハウス(というより古き良き下宿)となっていました。中でも、同居人の紅一点である26歳OLの榊(さかき)さんは、直達との間に過去何らかの因縁があった様子。

過去に囚われ時間が止まったままの榊さんと、過去を知ったことで彼女と一緒に乗り越えたいという、淡い想いを募らせる直達の物語が始まります。

個性的ながら、しっかりとした役割の登場人物達

まず最初に主役のふたりを中心に、個性的な登場人物たちを紹介します。

主人公 熊沢直達(くまざわ なおたつ)

主人公の熊沢直達(くまざわ なおたつ)は、この春から高校一年生になったばかり。入学を機に親元を離れ、学校近くに暮らしているという『おじさんの家』に居候することになります。彼自身はあまり覚えていませんが、過去、両親に何らかのトラブルがあり、一時期は祖父母の家(母とおじさんの実家)で暮らしていたことがあるようです。周りの大人たちの様子をよく見て、考えて行動することができる性格だが、まだまだピュアな男の子。

ヒロイン 榊千紗(さかき ちさ)

ヒロインの榊千紗(さかき ちさ)さんは26歳のOL。ロングスカートやワイドパンツにカットソー、カーディガンなどのシンプルオトナファッションに身を包むショートカットの女性です。周りに無頓着なのか興味がないのか、あまり深い付き合いをしようとはしていません。しかし内面の深いところでは喜怒哀楽が激しく頑固(というより意固地)なモノの考え方をしがち。それは彼女の過去の”何か”に起因しているようです。

水は海に向かって流れる
マガポケ 配信ページ より
水は海に向かって流れる
マガポケ 配信ページ より

とはいえ、直達から見たらキレイなオトナの女性であることに間違いはなさそうです。

直達のクラスメイト 泉谷楓(いずみや かえで)

そして、直達のクラスメイトの泉谷楓(いずみや かえで)は、入学してからすでに3回も告白されたという学校一の美少女。色気より食い気というスタンスの彼女ですが、直達に関わりその悩みを聞くうちに少しづつ彼の事を気にしはじめた様子。彼女の兄(泉谷さん……女装占い師。後述)がシェアハウスに住んでいて、よく遊びに来きています。元気で気遣いのできる女の子。

叔父さん・漫画家 歌川茂道(うたがわ しげみち)

直達の母親の弟にあたる歌川茂道(うたがわ しげみち)おじさんは、家族にはサラリーマンだと偽っている漫画家。一応、漫画だけで食べていけてるようで、周りからはペンネームのニゲミチ先生と呼ばれています。預かっている甥のことを気遣いつつ、若者との距離感がイマイチ掴めず苦労しているようです。そして心配性。

左から楓、榊さん、成瀬教授、泉谷さん、ニゲミチ先生
左から楓、榊さん、成瀬教授、泉谷さん、ニゲミチ先生
第8話 より

ルームメイト 成瀬(なるせ)教授

研究旅行などで留守がちな成瀬(なるせ)教授はシェアハウスの最年長。榊さんの父親とは古くからの親友で、榊さんのことも少女時代から気にかけている様子。彼女の過去の事を知っていて、秘密を共有する話し相手として彼女の相談に乗ったりもしています。でも、教授という職業柄か物事をハッキリ解決に導きたい性格のため、あらゆることにでしゃばりがち。

女装占い師 泉谷(いずみや)さん

楓の兄である泉谷さんは気さくなお兄さん。女装占い師として働いていますが、特にオネエというわけではありません。榊さんとは歳が近いせいもあり、良い友人というスタンス。他人のオーラ的なものが見える(と本人は言っている)ので、男性にしては珍しく周りの感情変化に敏感。空気を読んで、『あえて触れない』といった気の遣い方ができる人物。

以上、主役のふたり+シェハウスの住人+クラスメイト1名というごく少数のメインキャラで描かれる人間模様。尖っているようで柔らかい、そんななんとも言えない感情を引き出してくれる見事な配役だと、読み進めるたびに気付かされます。

心地よい展開。伏線となる会話。

本作の登場人物たちは皆どこか尖ったキャラクターなので、序盤は面倒くさそうに思えるかもしれません。ところが彼らの間に交わされる会話はとにかくスムーズ。一見無意味に見えるやり取りも、それぞれのその時の思いが滲み出ていたり、後の伏線になっていたりと無駄がなく、作品全体に小気味良い印象を受けます。

テンポの良い日常会話は、それぞれの気持ちを知ると2度美味しい
テンポの良い日常会話は、それぞれの気持ちを知ると2度美味しい
第8話 より

ヒューマンドラマ作品において展開がスムーズすぎると、フィクション感が強くなってしまい薄っぺらい印象を受けがちですが、本作では無駄を省きつつも必要な台詞や場面を丁寧に描いています。この必要な台詞、場面の盛り込み方も実に巧妙で、初見時には何気ない会話に見えても、真実を知った後で読み返すととても意味のある会話だったんだと気付かされることが多々あります。

連載中、私は新しい話を読む度に『また新しい発見があるかもしれない!』と、過去話を再度読み返していました。

想いを進める雨と水

本作では、直達が高校に入学する春から夏にかけての非常に短い期間を中心に描かれています。その間にあるものといえば、梅雨。そう、本作では雨が降っている日がとても多いのです。話の展開に合わせて要所要所で降る雨、それは、直達と榊さんの気持ちが動いたことを象徴してるのではと推測できます。

初めてふたりが出会ったときも雨が降っていた
初めてふたりが出会ったときも雨が降っていた
第1話 より

そして終盤にふたりは海へと向かいます。タイトルの『水は海に向かって流れる』という言葉の通り、そこで彼らは今まで流れた水(感情)が集まった海で、それぞれの答えに行き着くという最大のハイライトを迎えます。

(そして私は、再度1話から『雨の降っていた日』を中心に読み返さずにはいられませんでした……。)

まとめ: 重いテーマをスッキリと描いた、程よいウエイト感の作品

それぞれが過去に暗い何かを抱えていて……実はそれらは繋がっていて。

それが原因で前に進めない榊さんと、それを知ったことで何とか解決したいと思うようになる直達。大きなネタバレを避けるためにあえて本記事では”過去の何か”を明確に記しませんが、そんな彼らだけでは解決できそうもない重いテーマにそってストーリーは進んでいきます。

それぞれの思う先は……
水は海に向かって流れる 第2巻

そんな非常にネガティブでナーバスなテーマを扱っているにもかかわらず、本作は暗い雰囲気にならずスッキリと描かれています。それはこれまで説明してきた登場人物それぞれの役回りと、テンポの良い会話による流れるような構成が功を奏していると言えるでしょう。

でも、決して”なあなあ”に物事が進んでしまうわけではなく、悩むところはしっかり悩み、場合によっては痛みを伴い、泣き、叫んで、想いをぶつけて、答えに向かって進んでいくふたりがしっかりと描かれています。この、ストーリーに余計な回り道がない(必要な回り道はある)という点が本作の構成のキモだと思います。

1巻では別々の方向、2巻では離れた相手を見ていたふたりの視線が、ついに
1巻では別々の方向、2巻では離れた相手を見ていたふたりの視線は……
水は海に向かって流れる 第3巻

先述したとおり、当記事の筆者は本作を何度も読み返しましたが、その行為にストレスは一切感じませんでした。ストレスがかからないギリギリのテンポが逆に心地よいという感情さえ生まれてきました。

あえて本作の難点を挙げるとすれば、完結後……魅力的な各登場人物たちのその後を垣間見られるエピローグが欲しかった、というくらいでしょうか。

皆さんも是非、本作の絶妙なテンポで展開するストーリの重み=ウエイト感を味わってみてください。

作品概要

  • 作者: 田島列島
  • 出版社: 講談社
  • 掲載誌: 別冊少年マガジン / マガポケ
  • レーベル: KCデラックス
  • 発表号: 2018年9月号 – 2020年8月号 (全24話)
  • 巻数: 全3巻

受賞歴

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アニメ視聴歴だけはやたら長く、スマホゲームは次から次へと乗り換えるイナゴタイプ。

周りよりもひと足先に面白い作品を見つけることが喜びだけど、ひとたび好きな作品を見つけたらトコトン好きになるしつこさも兼ね備えたハイブリッド種。

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