動画、アニメ、映画、コミック、ガジェット…趣味と興味を深掘りするサブカルメディア
『小市民シリーズ 第2期』は、米澤穂信による人気推理小説のアニメ化作品。1期最終盤で互恵関係を解消した高校生、小鳩くんと小佐内さんが、それぞれの思惑を抱えながら、自分たちの周囲で起こる出来事の真相に迫っていきます。また、第1期では短編的な要素を組み合わせた構成でしたが、第2期で描かれる2つの事件――『秋期限定栗きんとん事件』と『冬期限定ボンボンショコラ事件』は、いずれも長編構成で、より深く重層的な物語が展開されます。
本作の最大の魅力は、なんといっても軽妙かつ知的な会話劇にあります。事件の本質に迫るような難解な話題を扱っているにもかかわらず、ふたりの会話のテンポや空気感はどこかおしゃれで、観ていて心地よさすら感じます。また、小説的な長い会話の応酬をアニメとして成立させるために、現在の人物と事件当時の場面を交錯させるような斬新な演出が施されており、制作陣の工夫とセンスが光る構成になっていました。
『秋期限定栗きんとん事件』では、小鳩くんと小佐内さんのどちらにも恋人ができているという設定にまず驚かされました。一般的な非恋愛アニメ作品では、こうした関係性の変化は避けられがちですが、本作ではそれが事件の核心にもつながる巧妙な仕掛けとして機能しており、その構成の妙に唸らされました。特に、小佐内さんの内面をあえて描かないというシリーズの姿勢の中で、彼氏である瓜野くんの存在が重要な役回りを担っていた点も印象的です。
一方の『冬期限定ボンボンショコラ事件』では、小鳩くんがひき逃げ事件の被害に遭い、病院のベッドの上から安楽椅子探偵として推理を進めていくというスタイルが採られます。回想や思考の積み重ねで進んでいく構成も秀逸でしたが、それ以上に小佐内さんの行動すべてが物語の終盤まで“見えない”という構成が秀逸で、シリーズの中でも特に異質な空気を醸し出していたように感じました。
どちらの事件も、視聴者目線で真相にたどり着くのは難しい構成となっていますが、その分だけ“物語としての完成度”が際立っています。1期も含め、事件ごとにスタイルを変えつつも、常にふたりのやりとりが変わらぬ心地よさで展開されていく。この“心地よさの継続”があるからこそ、謎解き以上にふたりの関係や心の揺らぎに意識が向くようになっているのだと思います。
シリーズ全体を通して、非常に丁寧に制作された作品でした。ミステリーとしてはもちろん、青春の揺らぎを描いた物語としても、深く味わえる一作です。
『ざつ旅 -That’s Journey-』は、漫画家志望の女子大生・鈴ヶ森ちかが、SNSで募ったアンケート結果に従い、ほとんど下調べもせずに旅へ出る――そんな“雑”さをコンセプトにした一風変わった旅アニメです。
この「雑な旅」というモチーフからか、作中には『水曜どうでしょう』を思わせる演出が随所にちりばめられており、元ネタを知っている方なら思わずニヤリとしてしまう場面も多々あります。こうしたオマージュのさじ加減も絶妙で、作品のゆるいテンポとマッチしていました。
背景美術の美しさにも目を引かれます。もともと背景に定評のある制作会社ということもあり、序盤から中盤までは旅情を感じさせる丁寧な描写が多く、ただ風景を眺めているだけでも楽しい作品でした。しかし、終盤にかけては写真をちょっと加工しただけのような背景が増え、クオリティがやや下がっていったのが惜しまれます。写真ベース自体は悪くありませんが、その“雑さ”が演出として意図されたものなのか、単に制作事情によるものなのか、気になってしまいました。
また、『情熱大陸』でおなじみの窪田等さんによるナレーションも特徴的です。彼の語り口が加わることで、どこか旅番組を見ているような趣が生まれ、作品の雰囲気にさらなる“ゆるさ”と“味”を添えていました。
本作では、一人旅と複数人旅を交互に描く構成が採られていますが、個人的には一人旅の回のほうが印象に残りました。ちかがひとり、見知らぬ土地でさまざまな出会いや風景に触れるたびに、少しずつリアクションしていく様子が、まさに旅ならではの情緒を感じさせてくれたからです。
全体を通して、「雑さ」そのものが味になっている良作だと思います。深く考えすぎず、ふらっと再生して、ふらっとどこかへ旅したような気分に浸れる。そんな作品でした。
『ある魔女が死ぬまで』は、見習い魔女・メグが「余命一年」という呪いを解くために、人が喜んだときに流す“嬉し涙のかけら”を集めていく、ドタバタでありながら心温まる物語です。
原作小説はまだ読めていないのですが、コミカライズ版が好きでずっと追っています。(あたりまえですが)アニメでは原作準拠のキャラクターデザインになっていたため、最初は少し違和感を覚えましたが、見ているうちに自然と馴染みました。
物語の基本形は、思ったことをすぐ口に出すお調子者のメグが、毎回何かしらの騒動を起こしながらも、最後には誰かの心を動かし、涙のかけらを手に入れるという構成。その過程で描かれる、ちょっとした温かさや優しさが、この作品の魅力だと感じています。
アニメ版でもその基本構成はしっかりと踏襲されていましたが、やや駆け足展開な印象は否めません。特に、コミカライズで印象的だったシーンの多くがカットされており、本作の“最終的にはほっこり”というキモの部分が少し薄れてしまったように思いました。
また、終盤はコミカライズ版の展開を追い越すスピード感で、私自身まだ知らない物語が描かれていたのですが、展開はますます速くなり、視聴者が物語を受け止める前に次へと進んでしまうような印象を受けました。
作品の持つ優しさや空気感をしっかりと伝えるためには、できれば同じ内容を2クール・全24話でじっくり描いてほしかったところです。とはいえ、ラストは続きが気になる終わり方でしたので、今後の展開にも期待が持てます。まずはコミカライズ版で終盤のストーリーを補完しながら、続編の制作を楽しみに待ちたいと思います。
『謎解きはディナーのあとで』は、これまでにドラマ化・映画化もされた東川篤哉による同名の人気小説を原作としたアニメ化作品。良家の令嬢でありながら新米刑事として奮闘する麗子と、その上司で“世界的企業の御曹司”でもある風祭警部、そして麗子の運転手にして天才執事・影山の三人が繰り広げる、ちょっと風変わりな上流階級ミステリーです。
物語の基本構造は、麗子が捜査中に出くわした事件の話を夕食の席で影山に相談し、彼が「お嬢様の目は節穴でございますか?」という決め台詞と共に鮮やかに事件を解き明かしていくという、いわゆる“安楽椅子探偵”スタイル。事件のトリックや謎そのものは比較的シンプルですが、その分、テンポの良い会話劇とお約束のやりとりが心地よく、視聴を重ねるごとにクセになる魅力があります。
本格ミステリーを期待するとやや肩透かしを食らうかもしれませんが、この作品の本質はそこではなく、キャラクター同士の“噛み合わないようで絶妙に噛み合っている”関係性と、そのやり取りを楽しむことにあります。特に、花澤香菜(麗子役)と宮野真守(風祭役)という実力派声優によるテンポのいい掛け合いは非常に魅力的で、本作最大の見どころといっても過言ではないでしょう。
ただ、シリーズ終盤ではそれまで屋敷内に留まっていた影山が現場に同行する展開が増え、これには賛否が分かれるかもしれません。個人的には、影山はあくまで“椅子に座ったまま真相を見抜く”スタイルを貫き、最終話など特別なタイミングのみ現場に出る方がインパクトがあったのではと感じました。
とはいえ、ここ数クールで急増しているミステリー系アニメの中にあって、本作は“会話劇ミステリー”という独自のポジションを確立しており、しっかりと丁寧に作られていた印象です。マンネリを感じさせない工夫や、軽快なテンポで観られる点を含め、「本格すぎないミステリーを楽しみたい」人にとって、ちょうどいい作品だったのではないでしょうか。
『ボールパークでつかまえて!』は、プロ野球の試合が行われる球場を舞台に、売り子やスタッフといった“選手以外”の人々にスポットを当てた異色のお仕事日常アニメです。ギャル系売り子のルリコと、球場の常連ファンであるお兄さんを軸に、日々の騒がしくも温かい出来事が描かれていきます。
私自身、プロ野球観戦が好きで球場にも足を運ぶタイプなので、現地特有の空気感や、売り子やスタッフたちの活気ある姿には非常に親近感がありました。それだけに、「選手ではなく、彼らが主役」という視点は新鮮で、最初は驚きつつもすぐに作品世界へと入り込めました。
もちろん、物語の中にはこの球場を本拠地とする架空のプロ野球チームや選手たちも登場し、シーズンを戦っていく様子も描かれます。ただ、そこに重きを置くのではなく、あくまで球場で働く人々――売り子、場内アナウンス、裏方のスタッフなど――の日常が丁寧に描かれているのが本作の魅力です。
全体的にストーリーは緩やかで、肩の力を抜いて観られる作品ですが、回によっては“あるある”ネタ満載のギャグ回や、ちょっと泣ける人情ドラマ回もあり、飽きさせない構成になっています。球場で働いた経験のある人や、よく観戦に行く人にとっては共感できる場面がたくさんあるはずです。
その一方で、野球にあまり興味のない人にとって、この作品がどこまで刺さるのかは少し気になるところ。テーマ的にやや人を選ぶかもしれません。また、作画がやや不安定な回が目立ったことも惜しい点でした。
総じて、野球好きはもちろん、“球場”というあの独特の空間が好きな人にはぜひ観てほしい一作。気負わず、まさに“観戦気分”で楽しめる良作です。
『リコリス・リコイル Friends are thieves of time.』は、2022年に放送されたオリジナルアニメ『リコリス・リコイル』の番外編として制作されたショートアニメシリーズ。物語の舞台は本編でもおなじみ「喫茶リコリコ」で、千束とたきなの何でも無いやりとりを中心に、ファンが見たかった“あの世界の日常”を切り取ったような内容です。
まず何より、視聴後に最初に口をついて出た言葉は、「ありがとう、これを作ってくれて」。これはきっと『リコリコ』ファン全員が感じたことではないでしょうか。
というのも、本編は1クールできれいに完結していたため、下手に続編を作って世界観を崩すわけにはいかない。でも、千束とたきなのことをもっと見ていたい……、そんなわがままな願いを、完璧な形で叶えてくれたのがこのミニアニメシリーズでした。
本作には、本編のように敵と銃撃戦を繰り広げるような緊張感はありません。登場人物たちが、ただ会話して、日々のちょっとした出来事に反応するだけ。でも、それがとんでもなく面白い。なぜなら、私たち視聴者が「きっとこうだろう」と思い描いていた彼女たちの関係性や日常の空気感と、制作陣が提示してきた描写が完全に一致していたからです。
一見すると当たり前のようでいて、これは本編を通じてキャラクターや世界観を深く浸透させていたからこそ成し得た奇跡。制作陣のキャラ理解の深さと愛情が、ミニアニメという短い尺の中にもぎっしり詰まっており、ファンとしてはただただ「わかってるなぁ……!」と感服するばかり。
そして何より、毎話わずか5分という短さにも関わらず、見終わったあとの満足感は、下手な30分アニメを凌駕するレベル。まさに“時間泥棒”のような心地よさがあり、気がつけば「あともう1回だけ……」とリピートボタンを押してしまう中毒性がありました。
この作品は、単なるスピンオフではありません。『リコリス・リコイル』という作品がいかに愛され、いかに完成度の高いキャラクターたちを生み出したかを改めて実感させてくれる“証明”でもあります。
願わくは、この日常がずっと続いてほしい。そして、いつかまた、完璧な形での続編に再び会える日を心待ちにしています。
『未ル わたしのみらい』は、重機メーカー・ヤンマーがプロデュースした全5話構成の短編アニメ作品。未来のロボット「MIRU(ミル)」を軸に、それぞれ異なる制作会社が1話ずつを担当するという、極めてユニークなオムニバス形式で制作されました。
絶対的なキャラクターを物語の核に据えた構成は、手塚治虫の『火の鳥』を思わせるところがあり、MIRUの“全能感”や“ピンチの場面でさりげなく現れる”ような立ち位置にも、明確なリスペクトが感じられます。作品ごとにテーマや時代背景は異なるものの、どれもMIRUという存在が登場人物たちの未来に何らかの形で影響を与えるという共通構造があり、SF短編集のような魅力がありました。
特筆すべきは、各話を異なる制作会社が担当している点です。演出のリズムや作画のタッチ、色彩の選び方に至るまで話ごとに異なり、短編ながらも“作家性”の強さを感じる内容でした。この形式によって、視聴者はさまざまな表現スタイルとテーマを体験でき、1話ごとの楽しみが際立っていたように思います。
一方で、全エピソードがそれぞれ30分の完結型であるため、物語の起承転結にやや無理があると感じた部分も。欲を言えば、各エピソードを2〜3話構成にして全5エピソードを1クールで放送するような形であれば、それぞれの物語の世界観をもっと深く掘り下げることができ、視聴体験としてもより豊かになったのではないかと感じました。
ヤンマーとしては、この作品を通じて“未来の機械が人に与える豊かな影響”や、テクノロジーと人間の共生といった企業理念を伝えたかったのだろうと思われます。ただ、正直に言えばそのメッセージ性が強く伝わってきたとは言いづらく、見る側としてはMIRUというキャラの象徴性だけがやや先行してしまった印象もあります。
とはいえ、企業発のプロジェクトとしてここまで挑戦的な形式でアニメ作品を世に送り出したこと自体は、大いに評価されてしかるべきです。商業性やプロモーションに留まらない“新たなアニメ表現の可能性”を示してくれたこと、そして何よりそれが実際に形になり、地上波で放送されたという事実は重みがあります。
実験的でありながらも、どこか懐かしさも感じさせる『未ル わたしのみらい』。この取り組みが、今後のアニメ制作に新しい風を吹き込むきっかけになるかもしれません。
本作はタイトル通り、残業が嫌すぎて自らクエストをこなす受付嬢・アリナの奮闘を描いた、異世界系お仕事ファンタジー。原作は人気ライトノベルで、アニメもそのノリを忠実に引き継いでいます。
まず最初に触れておきたいのが、オープニング映像の完成度。静謐で荘厳な音楽に合わせて、ヌルヌル動くハイレベルな作画は、たとえ本編を観る気がなかったとしても一見の価値アリ。ちょっとした美術作品のような仕上がりで、正直本編より先に引き込まれてしまいました。
物語は一見タイトルで全てを語ってしまっているかのように思えますが、いざ本編が進み始めると意外にしっかりした世界設定と展開に驚かされます。スキルにはランクがあり、低ランク者は高ランク者には勝てないといった、戦闘ルールが明確で納得感があるのも好印象。
主人公アリナは元・凄腕冒険者。受付業務の“効率化”のために自らモンスターを討伐しに行くのですが、単なるチートキャラ無双では終わらず、仲間との共闘、そして時には裏切りも絡むドラマ性のある展開が用意されていて、次第にキャラクターたちに感情移入できるようになっていきます。
アニメで描かれたのは、原作全体の中でも序盤にあたる部分のようで、物語としてはまだまだこれから。多くの伏線が張られた状態で終わっており、続編が非常に気になるところです。
異世界ものとしては珍しく、“働きたくない”という超現代的なモチベーションから物語が動き出すというユニークさもあり、異世界モノに食傷気味の視聴者にもおすすめできる一本。気軽に楽しめて、でも意外と熱くなれる、そんな良作でした。
『誰ソ彼ホテル』は、人気スマートフォン向けアプリゲームを原作としたアニメ作品。舞台は、生と死の狭間に存在する不思議なホテル。そこには、自身の記憶を失った者たちが次々と訪れ、忘れていた過去と向き合いながら、「死を受け入れるか、生に戻るか」という重大な選択を迫られます。
ゲームの存在は以前から知っていましたが、プレイは未経験。だからこそアニメ化の報を聞き、「これを機にしっかり観てみよう」と思ったのが視聴のきっかけでした。
物語序盤は1話完結型に近く、毎回中心となる“記憶喪失者”の過去を明らかにしながら、彼らがこのホテルへ来た理由、そしてその先の選択を見守っていく構成。ゲームが原作であることから、演出や進行に“ゲーム的なノリ”を感じる部分もありましたが、それが逆に「この世界の仕組み」をより明確に伝える要素として機能していて、新鮮に感じられました。
そして中盤以降は、物語の雰囲気が一変。主人公・音子自身がなぜホテルに来たのか、つまり彼女の死の真相に迫っていく連続エピソードが展開され、原作を知らない視聴者としては一気に引き込まれる展開に。少しずつ真相が見えてくる感覚はとても心地よく、「続きが早く観たい」と思わせてくれました。
アニメ化としても、一定の成功を収めた作品だと感じます。ミステリアスな世界観を損なうことなく映像化されており、ゲームファンも初見の視聴者もどちらも楽しめるよう配慮された構成。丁寧な作りと独特な空気感が魅力の、静かだけど確かに印象に残る一作として、続編や、原作ゲームへの興味も自然と湧いてくる、そんな後味のある作品でした。
『全修。』は、若くして才能を開花させ、あっという間に監督デビューを果たしたアニメーター・ナツコが、自分の大好きだった作品世界に転生してしまうという、異世界転生×アニメ愛が融合したユニークな物語です。
異世界転生ものでは「現代の知識や技術を異世界で生かす」という展開が定番ですが、本作はそこに“作画力”という突き抜けた要素をぶつけてきます。ナツコが描いたものがそのまま現実として“召喚”され、バトルや危機を乗り越えていくという、ギリギリのメタ設定が実に面白い。
しかも、単なる設定の奇抜さだけでなく、それを本気で映像に落とし込んでくる姿勢にも驚かされました。例えば、ミサイルが乱れ飛ぶ大迫力の戦闘シーンには、「板野サーカス」でおなじみの伝説的アニメーター・板野一郎氏を実際に原画として起用。また、男性アイドルを召喚するエピソードでは、その一瞬のために声優・宮野真守をキャスティングするという贅沢ぶり。これぞアニメファンに向けた“ご褒美”のような演出で、観ていてワクワクが止まりませんでした。
とはいえ、惜しい部分もあります。中盤以降、ナツコが挫折し、自信を失い、それを仲間たちの支えで乗り越えていくという展開は、王道ではあるもののどこか物足りなさも感じました。せっかく「作画で世界を救う」という唯一無二の設定を掲げているのだから、クライマックスにもナツコにしかできない“作画的解決”を用意してほしかったというのが正直な感想です。
オリジナルアニメが苦戦しやすい昨今、設定やキャスティング、演出の話題性でしっかりと注目を集め、スタートダッシュを成功させた点は高く評価できます。それだけに、終盤の描き方次第ではもっと強烈なインパクトを残せたはず。アニメーターとしての葛藤や矜持に踏み込んだテーマが光るだけに、もう一歩“攻めた”展開が観たかったという思いが残ります。
それでも、アニメを愛する人たちがアニメの魅力を全力で描いたという点では、間違いなく心に残る一作でした。
『空色ユーティリティ』は、ひょんなきっかけでゴルフに興味を持った女子高生が、その世界の魅力に触れながら、仲間たちとゆるやかに日々を過ごしていく、趣味系の日常アニメです。
ゴルフというと、ストイックに競技へ打ち込むスポ根的な描写を想像するかもしれませんが、本作はその真逆。全国大会や日本一といった目標は存在せず、あくまで「クラブを買いに行く」「打ちっぱなしに通う」「一緒にラウンドを回る」といった、誰もが触れやすいゴルフの“入り口”にフォーカスしています。初心者が趣味としてゴルフを始める流れをそのまま描いたような作りで、観ていてとても肩の力が抜けます。
ストーリー性は決して濃厚ではありませんが、だからこそ日常系としての心地よさが際立っています。朝に集まって、ゴルフ場でわいわい楽しみ、ラウンドの後はお風呂に入って帰る……、そんな何気ない流れでも、丁寧な作画と気持ちのよい演出でしっかりと楽しませてくれました。
完全オリジナル作品ということもあり、事前情報がほとんどない状態での視聴でしたが、その分、構えずに素直に作品世界に入り込めたのも良かった点だと思います。ゴルフに詳しくなくても全く問題なく楽しめる内容で、「なんだかちょっとゴルフやってみたくなったかも」と思わせてくれる、そんな温かい魅力にあふれた一作でした。
『メダリスト』は、フィギュアスケートを舞台に、小学生の少女・いのりと、夢破れた元選手の青年・司が、選手とコーチとしてタッグを組み、メダリストを目指す姿を描くスポ根作品です。
私は原作の大ファンであり、アニメ化に際しては大きな期待と同時に、「あの圧倒的な演技シーンや繊細な心理描写、絶妙なギャグのテンポをどこまで再現できるのか」といった不安も抱いていました。
しかし実際のアニメは、概ねその期待に応えてくれる出来でした。演技シーンは3Dモーションキャプチャを活用することで、原作とは異なる魅力を放ち、物語のテンポもスムーズ。アニメ化によるテンポの悪化を心配していた身としては、安心して観ることができました。
とはいえ、残念なのはカットされたエピソードの多さです。1クールという制約のなかである程度の取捨選択が必要なのは理解しているものの、司の過去や、いのりの学校での人間関係など、キャラクターの厚みに直結する重要な描写が削られていた点はやや物足りなく感じました。原作の大きな魅力のひとつは、登場人物一人ひとりの背景や成長が丁寧に描かれていること。それがアニメでは薄れてしまうのではないかという懸念は拭いきれません。
また、本作が他のスポ根作品と一線を画す最大の特徴は、「選手としての努力」と「指導者としての葛藤」という2つの視点を並列に描いている点です。子ども目線と大人目線、選手目線とコーチ目線の両方を大切にしているからこそ、物語に熱さと奥行きが生まれています。その2面性はアニメでもしっかりと描かれており、ファンとしてはその点に安心感を覚えました。
なお、私自身は原作を愛読している立場ゆえ、どうしても「ここが削られてしまったのは惜しい」といった視点で観てしまう部分もあります。だからこそ、原作未読の視聴者にとってこのアニメがどう映ったのか、という点には大きな興味があります。SNSや感想サイトを見ていると、キャラクターの関係性や競技描写の熱量に惹かれたという声も多く、アニメ単体でも十分に人の心を動かす力を持っていたことは間違いないと感じました。
実際、放送期間中の盛り上がりや話題性、グッズ展開やコラボなども含めて見れば、本作はアニメ化としては大成功だったと言えるでしょう。原作ファンとしては、その成功が本当に嬉しいですし、この物語がもっと多くの人に届いてほしいという気持ちも強くなりました。
そして何より、この先の展開がまたアツいのです。いのりの覚醒と試練、司の過去の清算、ライバルの選ぶ道……、原作はさらに熱く、深く、加速していきます。アニメで興味を持った方にはぜひ続きを読んでほしいですし、だからこそ私は早く第2期が観たいです。
アニメ『メダリスト』第1期は、作品の魅力を新たな形で届けつつ、続編への期待を確かに高めてくれた名アダプテーションだったと思います。
『天久鷹央の推理カルテ』は、医学や医療の知識をトリックや事件解決に活かすという独自性を持った医療ミステリーで、人気小説を原作としたアニメです。
本作についてまず触れておきたいのは、制作面の甘さです。放送休止が相次いだり、作画が大きく崩れたりと、まるでコロナ禍初期に量産された“万策尽きた”作品群を彷彿とさせるようなクオリティには、残念ながら苦言を呈さざるを得ません。せっかく良質な原作をもとにしているのに、アニメとしての完成度が追いついておらず、作品そのものが不憫に思えてしまいます。
とはいえ、第1話のアニメオリジナルの導入展開は非常によくできており、鷹央先生と小鳥先生の関係性や、世界観の基礎情報が丁寧に描かれていた点は好印象でした。原作未読だった私も、この導入によって作品の世界に惹き込まれ、視聴後には原作小説やコミカライズにも手を伸ばすきっかけになりました。そういう意味では、アニメ化の役割はきちんと果たせていたと言えるでしょう。
しかし、その後のエピソード選びには疑問が残ります。原作には、鷹央先生の特異な性格の背景に迫る重要な物語や、シリーズ全体の中核をなすようなエピソードがいくつも存在します。それらの要素をアニメの終盤、特に最終話などに配置していれば、物語全体としてもっと盛り上がり、印象深い作品になったのではないでしょうか。
総じて、素材は良いだけに、構成と制作の丁寧さがもう少し伴っていれば、より高く評価される作品になったはずです。
『LUPIN THE IIIRD 銭形と2人のルパン』は、劇場版『LUPIN THE IIIRD THE MOVIE 不死身の血族』の前日譚にあたる作品です。
人気シリーズゆえに、視聴者は「ルパンならこんなことはしない」と、ある種メタ的にキャラクターを理解していますし、「銭形もきっと同じように思っているはずだ」と感じながら鑑賞することになります。そんな中で描かれる「2人のルパン」という設定には、大きな期待を寄せていました。しかし、蓋を開けてみれば、意外性も深みも希薄な、ただの偽ルパンだったというのは正直肩透かしでした。
さらに、銭形が主役の物語でありながら、ルパンや次元も同じくらい出番が多く、活躍の度合いもほぼ同等だった点にも物足りなさを感じました。どうせなら銭形をもっと中心に据え、ルパンたちは背後で暗躍するような構成のほうが、物語としても面白くなったのではないでしょうか。
とはいえ、冷戦時代を思わせるハードボイルドな雰囲気やキャラクターデザインには独特の味わいがあり、その点は評価できます。また、劇中で何度も登場する爆発シーンは、どれも見る者を唸らせるような迫力のある作画と演出で、本作の核とも言える存在感を放っていました。
全体として不満は残るものの、劇場版本編に繋がる数々の伏線が張られている点を踏まえれば、「前日譚」としての役割は十分に果たしているのかもしれません。そして、実際に本作の続きにあたる劇場版まで視聴すれば、この作品への印象もまた違ったものになる可能性は大いにあるでしょう。