新しい葬儀やマイナーな葬儀の一般化、又は亡失。『骨葬』編

執筆: せっぱつまりこ アイコン せっぱつまりこ

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近年、日本でも少しずつではありますが、インターネット上での死者追悼(「インターネット墓参り」)的なものが登場してきました。

このネットでの死者追悼という新しい習俗は、アメリカなどでは既にそれなりのビジネスとなっているようです。

上記も含め冠婚葬祭……特に死者を埋葬・追悼する『葬』ジャンルでは、新しい”しきたり”に関して、古今東西を問わず「死者への冒涜でないか」「非礼でないか」という意見が発生します。

これらは死者や遺族の社会的階層、信仰、死者の年齢、死因等々も含め、「そんな葬られ方では、死者はあの世で不幸になるのではないか」「死者の怒りを買い、祟りがあるのではないか」「この世に残った家族や友人との縁が切れてしまうのではないか」といったタブーを思い起こさせることもその要因となっているように思えます。

結果として「新しい葬法」が一般化し難い。あるいは一般化するのに時間がかかったり、一度廃れてしまった、という例も少なくありません。

反面、日本を含め、世界中の多くの地域で、社会や文化の変化などにより「今までになかった」葬法が採用され、場合によっては(例え一般化するのに時間がかかったとしても)あたかも遠い昔から「普通に」行われてきたかに錯覚するほど人々になじんできた歴史があるのもまた事実です。

ですから、冒頭で述べた「インターネットでのお墓参り」が日本でこれから一般化するのか・しないのか。

また、一般化するとしたらいつ頃なのか……といった点は予想が難しい所ですが、将来的に「一般化し得る可能性が有る」事も否定はできないでしょう。

今回は、そうした様々な葬法とその受容の歴史の一例として、昭和戦前期の首都圏で一旦メジャー化していた可能性のある『骨葬』と、その終焉について記したいと思います。

骨葬とは

冠婚葬祭のしきたりやマナーについての本を読んでも、この骨葬に言及しているケースは案外少ないものですが、実は現在の日本の幾つかの地域では、今なお一般的に行われている葬法です。

骨葬とは、簡潔にいうと葬儀前に故人の遺体を火葬し 遺骨を祭壇に安置して行う葬儀のことです。

※遺骨を早々と埋葬してしまう必要がある特殊な場合を除きます。

現在では、北海道の函館市や東北・北関東・北陸、東海地方や中国地方、九州その他複数の地域の各一部で行われている葬法であり、当記事執筆時点で、個人的に観測(首都圏地域)している様子では、一般的な葬法として十分な認知がされていない様です。

上記以外の出身の方で、骨葬に参列した際に驚いてしまった、という経験をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。

昭和戦前では骨葬も市民権を得ていた……?

所が、実は首都圏でも昭和戦前期には、どうやら骨葬が割とメジャーな葬法であったらしい”ふし”があるのです。

例えば、明治〜昭和戦前・戦中期に活躍した作家 徳田秋声による随筆/私小説『和解』では、作家『泉鏡花 (作中では「K」)』の、弟 『豊春 (作中は「T」又は雅号「斜汀」)※』が1932年に病死した際、火葬を先に行ってから告別式を行うくだりが描かれています。

泉兄弟と徳田秋声は、共に石川県金沢市の出身ですが、当時は全員東京に生活と執筆の拠点を構えていました。

そのため故郷の金沢で葬儀等を行うために、やむを得ず先に火葬を済ませたわけでは無さそうです。(実際、豊春の告別式も東京で行われており、兄鏡花の墓は東京にあります)。

また、石川県は北陸地方では珍しく骨葬があまり一般的でない地域であったので、豊春が骨葬形式で弔われたのは郷里の風習でもないことがわかります。また、『和解』にはこの骨葬に関する補足的なことが書かれてはいない為、想定される読者にとって骨葬が「馴染みのない」葬法であったら、こうした書き方ではなかったのではないか……と考えます。

他にも、いくつかの文献で骨葬が行われたというような記述を確認したことから、1930年代前半の頃には首都圏の都市部のいわゆる知識層といえるような人々の間で、骨葬が選択肢の一つとして市民権を得ていた可能性があるのではないか。そしてその後、約10〜20年後には戦中戦後の混乱や物資不足によって、首都圏での火葬が一旦廃れたこともあり、骨葬の歴史が一旦忘れられてしまったのではないか、という考察です。

まとめと補足

補足しますと、現在骨葬が盛んな地域で、骨葬が始まったのは短時間での火葬が可能な現代型火葬炉が普及した戦後から、というケースが多いようですが、『和解』では豊春の遺体が火葬されている間に鏡花と徳田が近くの喫茶店で紅茶や酒を飲むくだりがあります。ここから推すと1930年代始めの東京では、現代型火葬炉が既に稼働していたものとみられます。

この辺りは、今後も引き続き調査・考察を続けていきたいテーマですが、今回はひとまずこの辺りで。

【参考文献・補足記事】

勝田至『日本葬制史』吉川弘文館、2012

平瀬礼太『<肖像>文化考』春秋社、2014

神楽坂ブック倶楽部 『「文豪とアルケミスト」文学全集』新潮社、2017

拙記事
「戦前の大都市圏でそれなりに普及した火葬は、戦時中〜戦後に一度衰退した」

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